穂波センセイの「考えてみませんか? 働くこと・楽しむこと」

  • ブログの紹介
    4人の子育てに追われる一方、ハーバード大公衆衛生大学院リサーチフェローとして、女性のトータルヘルスケア、女性医師の復職支援などで活躍するパワフルウーマン。「決してスマートではない生活」(笑)の中から、皆さんを元気づけるメッセージや、一緒に考えていけるテーマをお届けしていきます。
  • 著者プロフィール
    吉田穂波(よしだ ほなみ) 1998年三重大卒。聖路加国際病院の産婦人科レジデント後、2004年に名大で博士号取得。2004年よりドイツ、イギリスで臨床に携わる。帰国後、「ウィミンズ・ウェルネス 銀座クリニック」でトータルヘルスケアを実践。08年にハーバード大公衆衛生大学院修士課程に入学。10年5月に卒業後、リサーチフェローとして研究を続けている。これまでに4女を出産、子育てにも追われる日々。

メッセージ

大震災とお母さんと子育て支援(2/3)

○特別扱いされなかった妊産婦
災害後、宮城県女川に支援に入ったイスラエル軍災害援助隊は内科、外科、小児科、産婦人科、耳鼻科などで構成される"移動診療所"でした。私たちの先遣部隊のメンバーが一緒に活動させていただいた時に驚いたことは、彼らが国外の災害援助経験にもとづき、豊富な機材を持参していたことです。

特に産科では、ポータブル超音波診断装置や内診台のみならず分娩台、新生児蘇生設備まで空輸してきており、被災地でもお産があることを当然としていました。災害時には、病気があろうとなかろうと、怪我をしていようといまいと、妊婦さん及び乳児を特別に扱うことが必要です。それは、災害によるストレスで、妊産婦及び乳児が、ほかの人よりも様々な健康被害を出しやすいということがわかっているからです。

例えば、アメリカで起きたハリケーン・カタリーナでは、被災人口の2%に満たない妊婦さんを優先して搬送し、安全な場所にある妊婦さん専用トレーラーハウスに移していました。一方で、今回の東日本大震災では、妊婦さんが特別扱いされることはあまりありませんでした

○手厚いケアを実現したALSO
しかし、次につながるような好事例もありました。プライマリ・ケア医でALSO(Advanced Life Support in Obstetrics)という研修を受け、産科の取り扱い方法についても熟知していた家庭医のメンバーが、PCATメンバーとして災害直後の3月17日から宮城県女川町から石巻地区を回り、妊産婦に手厚いケアと適切な処置をしたのです。

ALSOとは、医師やその他の医療プロバイダーが、周産期救急に効果的に対処できる知識や能力を発展・維持するための教育コースです。プライマリ・ケア医だけでなく産婦人科医師の研修医を対象とした訓練でもあります。このコースは1993年にAmerican Academy of Family Physicians(AAFP-米国家庭医学会)によって認可され、現在全米ではほとんどの分娩施設において、分娩に関わる医療プロバイダーがALSO の受講を義務づけられています。

またALSOコースは世界的に普及活動が行われており、2009年現在までに、50ヵ国以上でプロバイダーコースが開催され、10万人以上がALSOコースを完了しました。日本では2008年に金沢大学の周生期医療専門医養成支援プログラムのグループが米国家庭医療学会から日本でのALSOセミナー運営権を取得し、2008年11月に金沢大学医学部にて初めてプロバイダーコース、インストラクターコースを開催しました。

2009年4 月1日よりNPO法人周生期医療支援機構(本部:石川県金沢市)がALSO-Japan事業として日本におけるALSO普及活動および運営をおこなっています。(2009年4月1日金沢大学医学系研究科周生期医療専門医養成学講座HPよりhttp://www.oppic.net/item.php?pn=also_japan.php)

今後は、国内の多くの災害医療チームの研修にも、妊産婦および乳児の医療に対応できるトレーニングが組み込まれるようになっていくことでしょう。ただ、産婦人科医や現状の限定された産科プロバイダーだけではおそらく救護所までとなるとマンパワーが足りません

産婦人科専門医の手の届かないところで、妊産婦や乳児のプライマリ・ケアができる救急医療プロバイダー(救命士や自衛隊、DMATのメンバーなど)が多く必要であるという観点から考えると、もう少し先には一般の人たちがBLSO(Basic Life Support in Obstetrics)を学びプロバイダーとなれるように、一般人対象のBLSOへまでつなげていけば、さらに社会全体で妊産婦や乳児を守る、災害弱者を守るという意識付けにつながるのではないかと考えています。

大震災とお母さんと子育て支援(1/3)

私は、以前は産婦人科医として「いいお産が目標」でしたが、自分が産後にとても苦労したことから、「お産はゴールではなくスタートだ」と身にしみて感じました。

私は自分の世話を後回しにしてしまうお母さんが、いつも気にかかっています。「お母さんにもっと注意といたわりを向けてあげて欲しい」「育児不安で辛い人を一人でも減らしたい」「子育てが大切なことだとわかってはいるけれど、「孤独」を感じてしまう人を一人でも癒したい」――。

そのような気持ちから、東日本大震災後、母子保健及び公衆衛生専門家を求めていた日本プライマリ・ケア連合学会の派遣医師募集に手を挙げ、3月28日からPCATメンバーの一員として宮城県石巻地域、女川町、東松島市での妊産婦支援を始めました

○「特殊な災害後経過」
今回の災害では、津波が多くの人の命を奪ったことと、その後の寒さもあって元気な方しか生き残れなかったケースが多かったため、超急性期のトリアージタッグは緑(健康)か黒(死亡)がほとんど。命を失われたか、生活の基盤を失われたか、のどちらかでした。

また災害医療とはいえ、怪我の対応だけではなく、高齢社会を反映して内科的なケアが必要となりました。日本が先進国の中でも高度医療、及び、少子高齢化社会のトップを走っていることから起こる『特殊な災害後経過』では、今までの認識とは違い、災害発生直後から内科的な対応、そして慢性期のプライマリ・ケア支援が求められたのです。 

人の怪我だけではなく避難所の生活そのものを見る公衆衛生的な視点からの医療支援・避難所管理も必要とされました。PCATはもともとプライマリ・ ヘルス・ケアや地域医療、予防医療を良く知っている先生方のネットワークから産まれた医療支援チームです。今回、被災地に駆け付けた医療支援チームには、人々の普通の暮らし、普通の健康という観点から支援の方法を考えられるチームはあまりいませんでした

○「地域住民の健康をいかに改善させるか」
PCATにはそうした知識に長けた医療者が多く、被災地のニーズに予防医学・地域医療という側面から対応してきました。日本という福祉先進国においては、要介護高齢者が被災者の大多数を占める中、 地域医療や在宅医療、老人医療をよく知るPCATメンバはそうした要援護者の存在を早くから察知。病院で待っているだけではなく、訪問診療の観点から避難所内で自分から患者を探し、診療していくといった『掘り起こしタイプ』の支援を行い、真のニーズに対応していくことができました。

これは国際保健の分野で良く知られる「地域住民の健康をいかに改善させるか」というセオリーと共通するものがあり、災害時には一番必要とされたスタイルだったと思います。


子育て世代の男性と女性のワークライフバランス(2)


家庭は、自分が仕事や人間関係に疲れた時の支えになります。
子どもが歌うでたらめな歌が疲れ切った心をホッと和ませてくれることもあります。何より、子どもが純粋に頼ってくれること、「あれして」「これして」と求めてくること、子どものすさまじい成長ぶりに、大人の私たちが励まされます。

子育て中はワークライフバランスを必死で模索していた方々でも大変な時期は一過性。過ぎてしまえば、大変さは忘れてしまいがちです。けれど、夫にとっても、妻にとっても、家庭が負担となるのではなく、いつも自分の人生を楽しくしてくれるものであってほしいと思っています。

前述の統計結果によると、「夫対妻」の構造で、日本では家事の分担割合が夫1対妻が9、となってしまい、妻の負担が過剰になるために妻が仕事を続けられない状態となることもあります。けれど、夫の分は1のままでも、妻の分担を3に減らし、残りの6はヘルパーさんやシッターさんなどアウトソーシングするという考え方もあります。

また夫婦の中で家事の分担を押し付け合ってケンカをするのではなく、そもそもの家事を見直して、「しなくてもいいことは削る」という方法で分母の10を8にするということもできるかもしれません。

まずは、家事と育児と分け、その中でも洗濯や掃除など物質的なものと、子育てや家族、親せき・友人との人付き合いなどに分け、それをさらに「自分たち夫婦しかできないもの」「自分たちでなくてもできるもの」に細分化してみると、すべてを自分たちで完璧にやりくりする必要がないという気持ちになるかもしれません。
そうすることで夫も妻も心の負担が軽くなり、お互いをいたわる時間が増え、夫婦の楽しい会話が増えるようになるのであれば、家族のためにはその方がいいのです。



○子どもの成長から学ぶ

昔、私はコンプレックスの塊でした。出産までは狭い世界のなかで生きていたので、仕事や人間関係でうまくいかないことがあると、「自分の力不足」ととても落ち込んでいました。

今は子どもたちが失敗を繰り返しながら、成長していく姿を見て「失敗することはいいことなんだ」と教えてもらいました。2歳の子どもがボタンを留める、靴を履くなど、それまでは一人でできなかったことでも親の手を借りずに「自分で!」と、何でもトライする姿に「尻込みしないでチャレンジすることは面白い実験なんだ」と思えるようになりました。

それも、周りの人の支えがあったおかげです。また、子どもが4人とも無事に産まれ、自分自身が出産という生命の危機を乗り越えられ、たくましくなったからこそでしょう。



○感想メールが続々!

掲載号が発売されると、私のもとには知人から「医事新報読みました」というメールが続々! 失礼ながら、「医事新報って、こんなに広く読まれているんだ」と改めて思った次第です。

読者層としては大変真面目な先生方が多いようで(私個人の主観ですが)、ひたむきでけなげで真面目な頑張り屋の先生方からいただいた感想メールがことのほか嬉しかったです。「こういう先生方をイメージしてこのブログで伝えたいことってなんだろう」と考える良いきっかけとなりました。

座談会でご一緒した先生方とは、その後もメールのやり取りが続いています。子育て中の親同士が励まし合い、子どもを持つメリットを伝い合い、ねぎらい合いながら、今後もお付き合いさせていただきたいと思っています。


企画をして下さった医事新報の皆様、座談会で和気あいあいとお話をさせていただいた杉浦ご夫妻、里見ご夫妻には心から感謝申し上げます。
楽しい機会を、本当にありがとうございました!



子育て世代の男性と女性のワークライフバランス(1)


「日本医事新報」(1月14日号)の新春座談会「医師のワークライフバランス」をお読みいただけましたか?
(編集部:座談会には、吉田先生ご夫妻にもご登場いただきました。http://www.jmedj.co.jp/news/view.php?news_id=130)


○「医師カップルの座談会に!」

あの新春座談会は、ちょうど私が「医師不足対策という観点から女性医師がクローズアップされるようになったけれど、男性医師の勤務環境改善も含め、男女両方の働き方やキャリアについて考える必要があるのではないか」と思っていた時期に、医事新報さんから「ワークライフバランス」をテーマにした座談会についてお話があったのがきっかけでした。

「それなら、医師カップルの座談会にしましょうよ!」と私は乗り気。けれど実際は、「そんなこと、できるんですか?聞いたこともない」「座談会に出ていただける医師カップルなんて見つかるの?」と周囲から不安の声もありました。

いま子育てと仕事のやりくり真っ最中の医師カップルを、それも勤務医、開業医、診療科などをバランス良く探すとなると、ちょっと大変そうです。けれど、私には女性側だけでなく、男性側にも語ってほしいという強い思いがありました。



○我が家は夫のほうが大変

男性側にも語ってほしいという強く思うのはなぜかと言うと、座談会でもお話しましたが、我が家の場合は、私よりも夫のほうが大変だからです。

よく国際的な性差別の指標として使用されるものに、夫婦の家事の役割分担における比率というものがあります。少し古いですが、欧米では夫が6割、妻が4割なのに、日本では夫が1割、妻が9割という結果を目にされた方もいらっしゃるかもしれません(参考:総務省統計局「社会生活基本調査報告(2001年)」)。

ワークライフバランスとはいっても、妻の場合はワーク&ライフ&ハウスキーピング(家事やマネジメント)&ケア(家族のお世話)であり、男性と同じ仕事をしていても全体の負荷は、その2~3倍にもなると言われています。

我が家でも、1歳から7歳まで4人の子どもを育てる中で、シルバー人材センターの方に家事を手伝っていただいたり、どうしても代わりのいないときはシッターさんに保育園のお迎えをお願いしたりしますが、やはり夫婦支え合ってやりくりする部分が大半です。



○子育て中の父親にもスポットライトを

そんな中、私は「子どもがいるから」という周囲の目に助けられて、なんとか時間内に仕事を終わらせて帰ることができます。けれど、夫は大学で唯一の感染症内科医として激務をこなし、臨床・教育・研究もこなし、感染制御や院内感染対策も担っていますが、子育てに割く時間やエネルギーは残念ながら仕事の上では認められません。

仕事と家庭の板挟み、まさにワークライフコンフリクトの真っ直中で、おそらく平均的な医師の勤務時間よりずっと多いと思われるタスクを引き受けながら、私以上にたくさんの人に理解し協力してもらって生きています。そんな夫を尊敬する中で、子育て中の父親医師側にも何らかのスポットライトをあてなければ、「女性だけ」の勤務改善では、女性も幸せになれないと痛感していました。

(続く)

くれぐれも無理はしないで! (2)

○小さな我慢こそ軽視しない

 そんな私の経験から、
 子育て中のママドクター・パパドクターにアドバイスしたいのは、
 妥協していること(=小さな我慢)こそ軽視しないでほしいということです。

 
 小さな我慢もそれはそれでエネルギーを奪うもの。

 「こんなことで悩んでいるなんてばかばかしい」「甘えているんだ」「弱いんだ」と
ネガティブに考える必要なんてありません。
 「楽をすること」「楽になること」に罪悪感を抱かなくてもいいのではないでしょうか?



○妥協していることリストを作る

 子育ての最初の一歩は、実は本当に大変。

 社会的孤立を感じる時でもありますが、
 地域や家族の小さな労り合い、支え合いによって、子育てはずっと楽になります。

 僭越ながら、特に私がお薦めしたいのが
“小さな我慢をリストアップして、ソリューションを見つけること” です。

 書き出した「妥協していることリスト」を1つ1つ解決していくことで、心の余裕を取り戻すようにしています。

 例えば、
・子どもの保育園の送り迎えを一緒にしてくれる人を見つける、
・自分以外の人がしたほうがいい家事・料理はシルバー人材センターの方やファミリー
 サポートさんにお願いする、
・書類をPDF化したり、賀状のあて名を印刷したりというお仕事を業者にお願いする
 といった具合です。


 ある時期の「リスト」はこんな感じでした。

1. 朝晩、4人の送り迎えが大変
2. 毎日、お洗濯が山のようにある
3. 長女のお友達づきあいが心配
4. 自宅でも仕事に集中できる環境がない
5. 部屋が散らかっている
6. 本や資料、授業プリントの整理ができない
7. 泊りがけの出張が出来ない
8. 新聞を読む時間がない



○見て見ぬふりはしない!

 このようにして、自分の中で抱えている不満を書き出すと、

 「どうしたら改善できるか?」
 「何に対し、どのようなとらえ方をしているか?」
 「物の見方が変えられるか?」

 という方向へ考えを進めることができます。


 見て見ぬふりをして解決法を探さない、そしていつの間にか疲れがたまり、仕事や家庭に生きがいを感じられなくなり、楽しむ余裕がなくなる
 このサイクルが一番良くないと思うのです。


 子育て中の医師は、患者さんの人生や背負っているものを含めて患者さんの苦しみを丸ごと受け止める能力を自分の経験から学んでいます。
 同じように、自分の人生管理もトータルで考え、患者さんに気持ちよく接するためにも自分の体や家庭を気遣うのは賢明な生き方だと言えるでしょう。


 他人に助けを求めることに罪悪感を持たず、胸を張って「自分が自然にしていても、楽な状態でも、いいんだ!」 と思えるかどうか、今から「妥協していることリスト」を書いて、解決策を探ってみてはいかがですか?
 
 その上で、「妥協している(=ちょっと我慢していること)リスト」優先順位をつけ、

1. 自分が対処すべきなのか
2. ただちに対処すべきなのか
3. 対処できることなのか
4. 一時的なものなのか、長期的なものなのか
5. 今までに似たような経験をしたか
6. どの程度サポートを得られそうか
7. サポートは、誰から、どのくらい、何時間くらいか

と考えるだけでも、次に進めるかもしれません。


 この場合、「他人に助けを求める」=自分でできないことは自分でやらなくて良い、ということであって、「妥協は許さない」ということではありません。

 どんな小さな願望(妥協していること=小さな我慢)といっても、必ず解決策が見つかるとは限りませんから、それらを全部拾い出して、その実現のために「妥協してはいけない」「解決策を探さなくてはいけない」となったら、ストレスが増してしまいます。


 解決策を考えてもその時点では無理なことは、とりあえず「妥協してよいことリスト」に保存してもよいのではないでしょうか。
 でも、もし、リストアップすることで助けを得られそうなこと、解決できそうなことが一つでも見つかれば、明日からの生活が多少楽になるのは間違いありません。