○特別扱いされなかった妊産婦
災害後、宮城県女川に支援に入ったイスラエル軍災害援助隊は内科、外科、小児科、産婦人科、耳鼻科などで構成される"移動診療所"でした。私たちの先遣部隊のメンバーが一緒に活動させていただいた時に驚いたことは、彼らが国外の災害援助経験にもとづき、豊富な機材を持参していたことです。

特に産科では、ポータブル超音波診断装置や内診台のみならず分娩台、新生児蘇生設備まで空輸してきており、被災地でもお産があることを当然としていました。災害時には、病気があろうとなかろうと、怪我をしていようといまいと、妊婦さん及び乳児を特別に扱うことが必要です。それは、災害によるストレスで、妊産婦及び乳児が、ほかの人よりも様々な健康被害を出しやすいということがわかっているからです。

例えば、アメリカで起きたハリケーン・カタリーナでは、被災人口の2%に満たない妊婦さんを優先して搬送し、安全な場所にある妊婦さん専用トレーラーハウスに移していました。一方で、今回の東日本大震災では、妊婦さんが特別扱いされることはあまりありませんでした

○手厚いケアを実現したALSO
しかし、次につながるような好事例もありました。プライマリ・ケア医でALSO(Advanced Life Support in Obstetrics)という研修を受け、産科の取り扱い方法についても熟知していた家庭医のメンバーが、PCATメンバーとして災害直後の3月17日から宮城県女川町から石巻地区を回り、妊産婦に手厚いケアと適切な処置をしたのです。

ALSOとは、医師やその他の医療プロバイダーが、周産期救急に効果的に対処できる知識や能力を発展・維持するための教育コースです。プライマリ・ケア医だけでなく産婦人科医師の研修医を対象とした訓練でもあります。このコースは1993年にAmerican Academy of Family Physicians(AAFP-米国家庭医学会)によって認可され、現在全米ではほとんどの分娩施設において、分娩に関わる医療プロバイダーがALSO の受講を義務づけられています。

またALSOコースは世界的に普及活動が行われており、2009年現在までに、50ヵ国以上でプロバイダーコースが開催され、10万人以上がALSOコースを完了しました。日本では2008年に金沢大学の周生期医療専門医養成支援プログラムのグループが米国家庭医療学会から日本でのALSOセミナー運営権を取得し、2008年11月に金沢大学医学部にて初めてプロバイダーコース、インストラクターコースを開催しました。

2009年4 月1日よりNPO法人周生期医療支援機構(本部:石川県金沢市)がALSO-Japan事業として日本におけるALSO普及活動および運営をおこなっています。(2009年4月1日金沢大学医学系研究科周生期医療専門医養成学講座HPよりhttp://www.oppic.net/item.php?pn=also_japan.php)

今後は、国内の多くの災害医療チームの研修にも、妊産婦および乳児の医療に対応できるトレーニングが組み込まれるようになっていくことでしょう。ただ、産婦人科医や現状の限定された産科プロバイダーだけではおそらく救護所までとなるとマンパワーが足りません

産婦人科専門医の手の届かないところで、妊産婦や乳児のプライマリ・ケアができる救急医療プロバイダー(救命士や自衛隊、DMATのメンバーなど)が多く必要であるという観点から考えると、もう少し先には一般の人たちがBLSO(Basic Life Support in Obstetrics)を学びプロバイダーとなれるように、一般人対象のBLSOへまでつなげていけば、さらに社会全体で妊産婦や乳児を守る、災害弱者を守るという意識付けにつながるのではないかと考えています。