私は、以前は産婦人科医として「いいお産が目標」でしたが、自分が産後にとても苦労したことから、「お産はゴールではなくスタートだ」と身にしみて感じました。

私は自分の世話を後回しにしてしまうお母さんが、いつも気にかかっています。「お母さんにもっと注意といたわりを向けてあげて欲しい」「育児不安で辛い人を一人でも減らしたい」「子育てが大切なことだとわかってはいるけれど、「孤独」を感じてしまう人を一人でも癒したい」――。

そのような気持ちから、東日本大震災後、母子保健及び公衆衛生専門家を求めていた日本プライマリ・ケア連合学会の派遣医師募集に手を挙げ、3月28日からPCATメンバーの一員として宮城県石巻地域、女川町、東松島市での妊産婦支援を始めました

○「特殊な災害後経過」
今回の災害では、津波が多くの人の命を奪ったことと、その後の寒さもあって元気な方しか生き残れなかったケースが多かったため、超急性期のトリアージタッグは緑(健康)か黒(死亡)がほとんど。命を失われたか、生活の基盤を失われたか、のどちらかでした。

また災害医療とはいえ、怪我の対応だけではなく、高齢社会を反映して内科的なケアが必要となりました。日本が先進国の中でも高度医療、及び、少子高齢化社会のトップを走っていることから起こる『特殊な災害後経過』では、今までの認識とは違い、災害発生直後から内科的な対応、そして慢性期のプライマリ・ケア支援が求められたのです。 

人の怪我だけではなく避難所の生活そのものを見る公衆衛生的な視点からの医療支援・避難所管理も必要とされました。PCATはもともとプライマリ・ ヘルス・ケアや地域医療、予防医療を良く知っている先生方のネットワークから産まれた医療支援チームです。今回、被災地に駆け付けた医療支援チームには、人々の普通の暮らし、普通の健康という観点から支援の方法を考えられるチームはあまりいませんでした

○「地域住民の健康をいかに改善させるか」
PCATにはそうした知識に長けた医療者が多く、被災地のニーズに予防医学・地域医療という側面から対応してきました。日本という福祉先進国においては、要介護高齢者が被災者の大多数を占める中、 地域医療や在宅医療、老人医療をよく知るPCATメンバはそうした要援護者の存在を早くから察知。病院で待っているだけではなく、訪問診療の観点から避難所内で自分から患者を探し、診療していくといった『掘り起こしタイプ』の支援を行い、真のニーズに対応していくことができました。

これは国際保健の分野で良く知られる「地域住民の健康をいかに改善させるか」というセオリーと共通するものがあり、災害時には一番必要とされたスタイルだったと思います。